新がつく駅地図手帖

新常盤橋駅(廃駅)


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▼この駅について 

駅名読み新抜き駅
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新常盤橋(廃駅)しんときわばし東京都
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1904年1969年

▼この駅を走っていた路線 

運営会社*虫眼鏡クリックで、
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種別*種別名クリックで、
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東京都交通局都電土橋線(17系統)×路面電車
東京都交通局都電室町線(31系統)×路面電車
東京都交通局都電水道橋線(17系統)×路面電車

▼備考 

都電の17系統と31系統が停車した電停。 17系統は、池袋駅前から護国寺前・春日町・神保町・神田橋・ここ・日本銀行前・呉服橋・八重洲口を通り、数寄屋橋まで伸びていた。特にこの電停周辺では、外堀通りに沿って走った。31系統は、都庁前(有楽町辺り)から北上してここを通り、三輪橋まで伸びていた。 この電停の土橋線と水道橋線は1968年に廃止され、更に室町線(の内、この電停を含む区間)が1969年に廃止されたので、その年にこの電停は廃止された(後に、室町線全線も1971年に廃止)。都電には他に、新橋電停(廃電停)などもあった。 ※上記の都庁前は昭和の都庁で、今は跡地に東京国際フォーラムなどが建っている。そこは通称「丸の内庁舎」と呼ばれたが、都庁は1991年に現在の新宿に移転。また、三輪橋(三ノ輪橋)は今、都電荒川線の停留場として知られる。 新常盤橋とは、このすぐ南西の日本橋川に架かる橋の名前。今は交差点名にもなっている。明治時代(1877年)以来、日銀の真西辺りに架かる石積みの常盤橋があったが、大正時代(1920年)になると、市電(後の都電)を通すための橋として、常盤橋の北(上流)側に新常盤橋が架けられる。更に後(1926年)、関東大震災からの復興事業の1つとして、常盤橋の下流側にも同名の常盤橋(コンクリート製)が架けられた。ここで、初代常盤橋・復興事業の常盤橋と、常盤橋が2つになったため、石積みの初代常盤橋を「常橋」(般の下が皿でなく石)と書くことで、コンクリート製の常盤橋と区別するようになった。更に時代が下り、新常盤橋は1988年に架け替えられたため、都電が渡った当時の新常盤橋は現存しないが、残る常磐橋常盤橋は現存。但し、最初期からある石積みの常磐橋は3.11の揺れで損傷したため、2020年現在でも長らく修復工事中。常盤橋・新常盤橋は道路橋、常磐橋は歩行者用ということになっている。 ※磐と盤の表記については、石積み常磐橋の更に先代の、木橋として架かっていた江戸の時代から既に、「皿は割れるものなので縁起が悪い」との理由で「磐」の字が使われていたとする説もあり、諸説ある。 ところで、付近の真南、日本橋川の南側一帯では、常盤橋プロジェクト(TOKYO TORCH)という大規模な再開発事業が続いている。中でも、元々日本ビルヂングの建っていた敷地には高さ390mの日本一高いビル(Torch Tower)などが建つ予定。

▼関連写真 

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