新がつく駅地図手帖

新金谷駅


最終更新: 2022/04/25

▼この駅について 

駅名読み新抜き駅
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新金谷しんかなや金谷静岡県
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廃止
1927年- - - - 年

▼この駅を走る路線 

運営会社*虫眼鏡クリックで、
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大井川鐵道大井川本線普通鉄道
大井川鐵道大代川側線(大代側線)貨物

▼備考 

大井川鐵道大井川本線の主要駅。大井川鐵道の路線のうち、大井川本線は金谷駅と千頭駅(せんずえき)を結び、大井川に沿って山奥へと北上していく路線。※2000年以前の社名は「鉄」の字が新字体の「大井川鉄道」だったが、その年以降に現在の旧字体へと改称されたという。 大井川鐵道は、SLで有名。当駅はそのSLの始発駅なので、SLに乗るためにはまず当駅へ行く必要がある。SLのための転車台なども当駅にある。2014年以降は毎年、主に夏(6~10月)に機関車トーマスが走るイベントが開催されている。SLがトーマスの姿になり、走る姿も本物そのもので完成度が高い。人気すぎて、乗る予約を取るのが大変らしい。 大井川鐵道がSLで有名なのは、今でも運行が盛んなのはもちろん、日本で初めてSLの動態保存を始めた鉄道会社だった事にもよる。SLは、日本の鉄道誕生期から1960年代頃までの長きにわたって日本の鉄道の動力源の主力だったが、1960年代に多くの私鉄でSLが引退し、国鉄も無煙化計画によって1970年代にはSLを引退させた。しかし、引退を惜しむ声や保存を望む声も多かった。大井川鉄道はそれを受け、1976年という早い段階でSLの動態保存・復活運転を始めた。国鉄による初めてのSL動態保存は1979年のSLやまぐち号であるため、それよりも3年早い。SL動態保存はその後も全国に広がり、磐越西線のSLばんえつ物語や秩父鉄道のSLパレオエクスプレス、東武鉄道のSL大樹なども登場した。 当駅は実質、大井川鐵道の拠点となっている。当駅舎は大井川鐵道の本社屋も兼ねており、2階は事務室などになっている。当駅の目の前にはプラザロコという観光施設も建っていて、その中には博物館や土産物店などが入っている。「ロコ」は、「機関車」を意味する英語の「Locomotive」から来ていると思われる。また、当駅舎は1926~1927年にかけて建てられた木造の歴史ある建物で、登録有形文化財にも指定されている。 ※ちなみに、「蒸気機関車」を意味する英語の「Steam Locomotive」を略したのが、よく聞く「SL」という略語。但し、この略語は英語圏では使われない和製英語で、Unixのslコマンドも日本人による作だったりする。 ところで、大井川鐵道の上流の方(千頭以北)は井川線(いかわせん)という小型の登山鉄道路線になっていて、途中のアプトいちしろ~長島ダム駅間はアプト式になっている。これは2022年現在、日本で唯一のアプト式鉄道となっている。元は大井川電力(現・中部電力)がダムの建設のために敷いた資材運搬路線だったが、ダム完成後はその役割を終えたため、旅客路線として大井川鐵道に運営が委託され、井川線となった。但し、大井川鐵道は運営を担当しているだけで、線路などの設備自体は今も中部電力が持っている。井川線には「南アルプスアプトライン」の愛称も付いている。井川線には、不思議な景観の奥大井湖上駅(おくおおいこじょうえき)や秘境駅の尾盛駅(おもりえき)など、変わった駅が多くある。ただ、あまりに山深く険しい所を走るため、特に末端の接岨峡温泉(せっそきょうおんせん)~尾盛~閑蔵(かんぞう)~井川駅間は、土砂災害による不通と復旧を度々繰り返している。 ※大代川側線(おおじろがわそくせん)は、当駅から南東の方に伸びている営業外の側線の通称で、大井川鐵道の引退した車両などが留置されていたりする。元々は、大井川の砂利採取路線だったという。

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