新大宮駅
最終更新: 2022/04/01
▼この駅について
駅名 | 読み | 新抜き駅 | 立地*立地名クリックで、 その立地を検索 |
新大宮 | しんおおみや | 大宮 | 奈良県 |
開業*開業年クリックで、 同年開業の駅を検索 | 廃止 |
1969年 | - - - - 年 |
▼この駅を走る路線
▼備考
駅番号A27の、近鉄奈良線の駅。
近鉄奈良線は、布施駅で大阪線から分岐し、新生駒トンネルで生駒山(県境)を越え、生駒駅、大和西大寺駅を通り、近鉄奈良駅へ至る路線。実際には布施以西の大阪線・難波線と相互直通運転がされ、駅番号も3路線で通しになっている。また、難波線は更にその先の阪神なんば線・阪神本線とも直通していて、ここからはるばる神戸三宮方面へも行ける。当駅には一部、京都線とその先の京都市営地下鉄烏丸線の列車も乗り入れる。
当駅の西隣は大和西大寺駅、東隣は近鉄奈良駅(終点)。大和西大寺駅は、近鉄の中でも多くの路線が集まっており、近鉄の要の駅。特に、多くの路線が大和西大寺駅で平面交差する光景が名物という。また、JRの奈良駅より、近鉄奈良駅の方が奈良市の中心や奈良公園に近い。
当駅は、1969年の近畿日本奈良駅(現・近鉄奈良駅)の地下化と共に開業した。元々大和西大寺~近畿日本奈良駅間には油阪駅(あぶらさかえき)という駅があったが、これがこの地下化時に廃止され、それと入れ替わりに当駅が開業している。油阪駅は、現在で言うJR奈良線との交差地点近く、道路の油阪交差点付近にあった。
ところで、近鉄奈良線には平城宮跡を大胆に横断するという名物区間もあるが、それは大和西大寺~当駅間にあり、ここからすぐ西の方。これは、元々近鉄奈良線の線路(当時は大阪電気軌道、通称「大軌」の線路)を敷く時に、当時推定されていた平城宮跡の範囲を南寄りに避けて敷いた(1914年)のだが、後に発掘や研究が進むと、平城宮跡は当初思われていたよりももっと広いことが判明してしまい、せっかく避けたつもりが実は避けられていなかった(むしろ最悪なことに、朱雀門と大極殿の間を盛大に横切ってしまっていた)という、どうしようもない経緯によるもの。それが判明した後、当然近鉄奈良線の線路を平城宮跡の外へ移設するかどうかで近鉄側と奈良県・奈良市側は揉めに揉めたが、もし移設となると、既に市街地化した周辺の用地買収の大変さ、線形を考慮すると大和西大寺駅や当駅をも移転せねばならない点、既に主要駅(かつ名物駅)のため移設が難しい大和西大寺駅の存在など、難題山積みのため、2020年になっても決着しなかった。現ルートのまま地下化すれば移設も用地買収も無く簡単に済みそうだが、古代遺跡のため今でも重要な遺跡や物品が土中に眠っている可能性が高く、おいそれとトンネルを掘ることもできない(掘ることも禁止されているらしい)。
追記: NMBCさんの動画によると、横断区間を遺跡の南側に迂回させると同時に地下化し、大和西大寺駅は高架化するという計画が、2021年3月25日に遂に決定したという。当駅もここから真南の大宮通り(国道369号)地下へ移設される。ただ、この新線の完成は40年も先といい、相当に気が遠くなる計画となった。
また、当駅両隣に新駅を作る案も出ている。西隣は朱雀大路駅、東隣は油阪駅でいずれも仮称だが、油阪駅は上記の通りかつて実在したため、実現すれば、(位置は若干ずれるものの)油阪駅の事実上の復活という事で話題にもなっている。
※1947~1951年という僅かな期間、ちょうど付近の大和西大寺~油阪駅間に「キャンプ・カー駅」という不思議な名前の駅が存在した事がある。これは当時、付近に「キャンプ・カー」という名前のGHQの基地があり、そのアクセス用の臨時駅だったらしい。ちょうど平城宮跡の朱雀門近く、現在で言うと大和西大寺~当駅間の場所にあったというが、当時はまだ現在のように平城宮跡の発掘も進んでおらず、復元建築も無い水田地帯だった。
※近鉄奈良線の列車をけいはんな線・大阪メトロ中央線経由で夢洲まで直通させる計画がある。ただ、けいはんな線・中央線は第三軌条方式のため、集電方式の違う奈良線から直通するための特殊な車両を開発するという。この計画は、元々は2025年の大阪万博時の実現を想定していたが、某ウイルスで状況が読めないため、2021年現在、実現への検討は続けるものの、大阪万博に間に合うかどうかは不明。しかし、近鉄は各種新技術開発にかなり前向きに取り組んでいるため、期待もできる。
※新抜き駅は埼玉県の駅(こっちの方が有名)。また、阪急京都線にも同名の大宮駅がある。 ▼関連写真