横浜新道駅(廃駅)
最終更新: 2026/01/30
▼この駅について
| 駅名 | 読み | 新抜き駅 | 立地*立地名クリックで、 その立地を検索 |
| 横浜新道(廃駅) | よこはましんどう | | 神奈川県 |
| 開業*開業年クリックで、 同年開業の駅を検索 | 廃止*廃止年クリックで、 同年廃止の駅を検索 |
| 1959年 | 1972年 |
▼この駅を走っていた路線
▼備考
横浜市営トロリーバスの停留所。付近の地名は常盤台(ときわだい)。その名の通り、現在も当停留所跡のすぐ近くを横浜新道(後述)が通っているが、当停留所と横浜新道の関係は複雑な為後述。トロリーバスは1959年7月、横浜新道(の有料区間)は同年10月に開通し、かつて交通の便の悪かった常盤台一帯は一気に便利になった。
「横浜新道」は道路の名前で、付近を東北東から南西にかけて伸びる、国道1号のバイパス。東北東の方にある立町交差点(たてまちこうさてん、東神奈川・神奈川新町の近く)で国道1号の本体(=第二京浜)から分岐し、反町・三ツ沢・常盤台(当停留所付近)・新保土ヶ谷ICなどを経由して、南西の方の戸塚付近で再び国道1号へ合流する。但し、横浜新道はちょうど当停留所付近(常盤台)を境に有料区間と無料区間(一般道路区間)に分かれており、それぞれ別の性格を持つ。更に、後付けの第三京浜道路(第三京浜)方面への連絡道路もちょうどこの付近で分岐している。無料区間は実質ただの下道で、歩道や信号交差点もあり、普通の国道バイパス。一方、有料区間は(法律上は国道バイパスとされるものの)あたかも自動車専用道路かのような設備になっており、信号も歩道も無く、連絡道路と共に第三京浜の続きとして戸塚/横須賀(横横道路)~都心間の輸送を担う側面もある。また、有料区間は首都高速神奈川2号三ツ沢線や保土ヶ谷バイパスなどとも繋がる。
横浜新道はまず先に立町~三ツ沢~常盤台間の無料区間が1957年に開通。1959年7月16日にはこの無料区間を走るトロリーバスが開通し、無料区間の西端であるここに当停留所も開業した。この無料区間は完全な下道である横浜市道常盤台和田町線と滑らかに繋がり、トロリーバスはここでこの下道へ移って坂を下り、和田町方面へ抜けた。そのたった約3ヶ月後、同年(1959年)10月28日には、横浜新道の残りの常盤台~戸塚間(有料区間)も開通。常盤台にある当停留所のすぐ目の前に、有料区間の北端の入口が設置された。当停留所名は恐らく、開業から3ヶ月後にここが横浜新道有料区間の出入口になる事を見越して命名されたと思われる。当停留所のすぐ南では、有料区間の始まりを印象付ける保土ヶ谷トンネルが口を開けていた。この頃の道路配置は平面的だった。リンク先の地図で、横浜新道無料区間(薄茶色)~当停留所~市道(白色)を走るトロリーバスのS字状の経路から、南南西へ真っ直ぐ分岐する有料区間(薄茶色)、及び保土ヶ谷トンネルを確認できる。
しかし、後に近くに開通した第三京浜から横浜新道有料区間へと向かう車がトロリーバスの通る無料区間へ流れ込み、渋滞するようになった為、1968年には横浜新道有料区間と第三京浜を直接繋ぐ連絡道路が追加された(常盤台IC~保土ヶ谷JCT(保土ヶ谷IC)間)。連絡道路は横浜新道の有料区間を北へ伸ばす形で作られ、高架とトンネルを駆使して立体交差となり、無料区間の渋滞は解消。これにより、トロリーバスは当停留所付近でその高架下をくぐる形になり、風景は一変したが、当停留所目の前の常盤台ICにて、引き続き有料区間への出入りができた。ただ、そのたった4年後の1972年にトロリーバス及び当停留所は廃止され、連絡道路との共存期間は短かった。
※因みに、トロリーバス廃止後も横浜新道有料区間には変化があった。第三京浜は日本初の片側3車線の自動車専用道路であり交通量が多い一方、片側2車線の横浜新道有料区間は手狭だった為、やはり渋滞が深刻化。その為更に工事が行われ、1996年には横浜新道有料区間も一部が拡幅、片側3車線化された。ただ、上記の古い保土ヶ谷トンネルが狭かった為、この時片側3車線対応の広いトンネルへと掘り直された。工事は大掛かりで、景観配慮の為道路の真上に峰岡町三丁目公園も新設された。現在は上下線とも新しい保土ヶ谷トンネルへ移行し、旧下りトンネルは新下りトンネルに差し替わったが、上下線の間には今も保土ヶ谷トンネルの旧上りトンネルが残っている。
横浜市営トロリーバスは、横浜駅の北西側一帯の住宅街を大きく一周していたトロリーバスで、1959年に開業・全通。トロバスとも呼ばれ、親しまれた。山手線のようにぐるぐる回る環状運転で、内回りが101系統、外回りが102系統だった。横浜駅西口を発着し、泉町・三ツ沢・常盤台・和田町などを経由した。三ツ沢付近では、横浜市営トロリーバスは横浜新道の無料区間を活用し、トロリーバスの三ツ沢上町停留所・三ツ沢下町停留所もそこにあった。当初はレールを敷かない分路面電車よりも維持費が安く済むなどと期待されたが、モータリゼーションが進むと結局路面電車同様に渋滞に巻き込まれたり、車両が耐用年数に達するなどして問題が出た。結局、横浜市電と一緒に1972年に廃止された。元々横浜市電と同じ変電所を共有しており、トロリーバスの為だけに変電所を残す費用や、車両の更新費用が仇となった。
ところで、市電廃止と同年の1972年に入れ替わるように地下鉄のブルーラインが部分開通し、更に後の1985年になってようやくブルーラインの横浜~三ッ沢下町~三ッ沢上町~新横浜駅間が延伸開業した為、ブルーラインの三ツ沢上町・三ツ沢下町両駅と、同名のトロリーバス両停留所が共存した時代は無い。一方、当停留所については、今も近くに同名のバス停がある。横浜市営トロリーバスの路線は横浜市営バスがそのまま引き継ぎ、環状運転もバスの「循環内回り201系統」「循環外回り202系統」として残っている。
※現在の常盤台には横浜国立大学の常盤台キャンパスが建っているが、当停留所のあった時代にはまだ大学は無く、ゴルフ場だったという。常盤台キャンパスは1974年に出来ている。その向こうには現在、羽沢横浜国大駅もあるが、当然ながらそれも当時は無かった。また、常盤台の台地(下末吉台地)を南へ下った方を走る相鉄本線も、ここからそこそこ近い。台地のへりには現在、ルネ上星川もへばり付く様に建っている。 ▼関連写真