▼この駅について
駅名 | 読み | 新抜き駅 | 立地*立地名クリックで、 その立地を検索 |
新町 | しんまち | 群馬県 |
開業*開業年クリックで、 同年開業の駅を検索 | 廃止 |
1883年 | - - - - 年 |
▼この駅を走る路線
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JR東日本 | ■上野東京ライン | 普通鉄道 | |
JR東日本 | ■湘南新宿ライン(JS) | 普通鉄道 | |
JR東日本 | ■高崎線 | 普通鉄道 | |
JR貨物 | 高崎線 | 貨物 |
▼かつてこの駅を走っていた路線
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JR貨物 | 高崎線貨物支線× | 貨物 | |
ゼネラル石油 | ゼネラル石油高崎貯油所専用線× | 貨物 | |
日本肥糧 | 日本肥糧新町工場専用線× | 貨物 | |
西武建材 | 神流川砂利運搬専用線× | 貨物 | |
緑野馬車鉄道 | 緑野馬車鉄道× | 馬車鉄道 |
▼備考
▼関連写真
新町駅3番線を発車する、高崎線の高崎方面(E231系近郊型)。【撮影日:2017/09/15】
3番線の島から、向かいの駅舎直結ホーム(東京方面)を眺める。正面が駅舎で、駅名標のすぐ下に改札口があり、その向こうがもう駅舎。改札からすぐ東京方面ホームへ入れる。【撮影日:2017/09/15】 ところで、左端の精算機の隣に黄色い機械があるが、あれはカメラ付きインターホンだという。当駅には駅員室があり駅員もいるが、常にいるわけではなく、早朝や深夜など無人の時もある。無人時、機械だけでは対応できないような案内が必要になった時に、あの黄色い機械越しに有人駅の駅員とテレビ電話のように通信して客を案内するという。
駅舎の中は、待合室になっていた。また、当駅にはNewDaysもあり、写真中央奥にはその入口も写っている。左端には、ペットボトルの蓋で作ったE7系が飾られている。おそらく地元からの寄贈品。【撮影日:2017/09/15】
上写真は外から、下写真は改札内の跨線橋から、新町駅前を眺める。ロータリーがあり、バス・タクシー乗り場部分には屋根が付いている。【撮影日:2017/09/15】
駅前にある、周辺の案内地図。ところで、当駅の立地する「高崎市新町」は、高崎市の飛び地になっている。高崎市の本体は勿論ここから北西の方にあるが、ここと本体の間に、藤岡市というのがまたがっている。上記備考で触れた八高線の「北藤岡駅」は当駅~倉賀野駅間の場所にあり、それが藤岡市にある(藤岡市の中心は、八高線で更に南の「群馬藤岡駅」)。元々当駅周辺は多野郡の「新町」という名前のれっきとした独立した市町村で、とても面積の小さな町だったが、2006年の平成の大合併時、隣の藤岡市よりも、人や物の移動などにおいて結びつきの強い高崎市との合併を選んだため、こうなった。実際、高崎線で直接藤岡市へ行ける方法は無く、隣の倉賀野駅はもう高崎市。ただ、当駅南側から歩いてほんの数分の所にはもう藤岡市との境界が迫ってはいる。【撮影日:2017/09/15】
当駅の南北を結ぶ、歩道橋。上写真は北側、下写真は南側を向いたもの。南側に広がるのが藤岡市で、その奥に連なる山々は秩父山地。【撮影日:2017/09/15】
歩道橋から、線路やホームを眺める。上写真は高崎方面、下写真は東京方面。真下には雑草だらけの敷地があり、そこには放置された線路がかなりの本数並んでいる。これが、昔当駅で活発に貨物を扱っていた頃の名残。これにより、線路両側(南北)が結構離れているため、駅南側から北側の駅舎までこの歩道橋で渡る時は、ホームや駅舎分だけでなく、はるばるこれらの敷地も渡る。その分、歩道橋は長めになっている。【撮影日:2017/09/15】 かつてここへ集った貨物は、主に周辺の工場専用線や、神流川の砂利運搬専用線のものだった。上写真方面には工場専用線、下写真方面には砂利運搬線が伸びた。 神流川砂利運搬専用線は、ここから南東の方にある神流川の河原と、河原隣接の工場(西武建材新町工場)まで伸びていた。西武建材(株)という会社が運営していたらしいが、西武建材は2021年の社名変更で「SKマテリアル」(株)になっている。河原隣接の工場も現在、SKマテリアル新町工場になっている。一方、砂利運搬線の当駅寄りの部分は今も留置線に転用されており、残っているとの事(複線の本線の他に、南側へ3本目の線路が並ぶが、それが砂利運搬線の一部だったと思われる)。 当駅から伸びていた工場専用線には主に2つがあり、1つはゼネラル石油(株)の高崎貯油所への専用線、もう1つは日本肥糧新町工場への専用線だった。日本肥糧新町工場は2022年現在現存するが、その東隣にあった高崎貯油所は日本肥糧の敷地に転用されていて、どうやら無くなっている。ゼネラル石油高崎貯油所専用線は1961~1983年の間あったようで、神奈川臨海鉄道浮島線の浮島町駅からここまで石油の貨物列車が来ていたという。ゼネラル石油は現在のENEOS(株)の一部で、石油を扱う会社だった。2000年に東燃と合併して「東燃ゼネラル石油」、2017年4月にJXエネルギーと合併して「JXTGエネルギー」となり、2017年9月~2019年にかけて「ENEOS」の一部となった。これは、過去の合併によってエネオス・エッソ・モービル・ゼネラルと社内に沢山あったブランド名が統一された事による。ダイエーといいapollostationといい、近年の日本では会社のみならずブランドの統合も激しい。
新町駅の南側。こちら側にもちょっとしたロータリーはあるが、北側に比べると寂しい。【撮影日:2017/09/15】 右奥が、北側にある駅舎へ続く歩道橋。橋桁には時計も付いている。南側から当駅へアクセスするには、まずあの階段を上り、歩道橋を渡る必要がある。撮影日時点では特にエレベーターもエスカレーターもスロープも無く、階段のみだったため、階段を避けるなら、駅の両側の踏切から回り込むか、車椅子などは北側へ送迎してもらう等が必要。ただやはり、この構造が災いして、駅南側に住むお年寄りなどが当駅へ行くのに苦労したり、本数が多いのに当駅が地上にあることで踏切が付近の南北移動のネック(道路渋滞の原因)になっていること、踏切自体危険なことなどから、何年も前から、当駅を高架化してほしいとの要望・構想もある。2012年には既に高架化の議論が始まっているようだが、ネットには、2019年に高架化工事のための事前調査が行われる予定だとか、2020年工事着手、2022年着手、など情報が錯綜しており、どうやら何度も先延ばしされているようだ。すぐの実現は難しいのかもしれない。